知識人たちの閉所恐怖症
わたしたちは生まれてこのかたたえず裏切られるのを充分に知りながら、あてにならない他人に、食糧、鉱物、そして核の抑止を依存している、とある人は述べています。
こんな報告書があります。
・・・あらゆる階層のアメリカ人ががんで死んでいると言うのです。
(しかし言い換えれば、がん以外の病気だったらもっと長生きができ、死なないですむということになるのですが・・・)。
教授たちは憂慮し、我々は前例のない、資源不足、環境汚染、凶作、疫病などを抱えた危機の時代に生きているとまで言っています。
しかし、こうした現代の危機が克服される可能性もまた前例がないことなのです。
現実には人間の抱いている可能性は果てしなく広がっているというのに、多くの知識人がこうした新しい閉所恐怖症に悩まされているというのはどういうわけでしょうか?石塚孝一氏によると、科学や企業が新しい機会をパノラマのように次々と展開している一方で、権威ある専門家は、自由と変化を恐れる原始人たちのように手近な洞穴や艦に逃げ込みます。
専門家たちは統計学および生態学という刑務所に自分たちを閉じこめ、また全人類を収監したがっています。
・・・しかしそのなかでは希望は進歩の中断によってのみ生まれ、人間の可能性は人口を制限することによってのみ見いだされ、歓楽と自由を求めて得られるのは憂欝な苦役や〈解放された〉不毛の肉欲だけです。